中性子透過法-Bragg-edge法について
(1) Bragg-edge法とは?
はじめに
近年、透過性の高い中性子を用いたイメージング研究が盛んに行われている。中性子を用いた研究施設は、原子炉施設(定常中性子源)と加速器施設(パルス中性子源)に分けられる。原子炉施設の特徴は、原子炉内で発生した波長が一定(単色)の中性子を用いて様々な実験が行われる。加速器施設の特徴は、核破砕反応によって生じた様々な波長(白色)を含む中性子を用いる。Bragg-edge法は、加速器(パルス中性子源)を用いて発生した中性子を利用する。
パルス中性子源では、飛行時間(TOF: Time Of Flight)法と呼ばれる高精度エネルギー分析法が利用される。
λ=h/p=h/mv=ht/ml (1)
λ:中性子の波長、m:中性子の質量、v :速さ、l:飛行距離、t :飛行時間
パルス中性子源で発生した中性子の波長は、(1)式より線源から検出器に到達するまでの時間を計測することによって求められる。
Bragg-edge法の原理
実験により測定した入射ビームスペクトル(I0)、透過スペクトル(I)データを用いて透過率を求める。
Transmission= I/I_0 (2)
透過スペクトルデータには、弾性干渉性散乱・非弾性干渉性散乱・非弾性非干渉性散乱・弾性非干渉性散乱・吸収が含まれる。全成分を積分した全段面積値(Total cross section, σtot)を求めることが可能である(式(3)参照)。
Tr(λ)=exp(-Σσ_(tot,P) (λ)ρ_P t_P ) (3)
ρ :原子数密度、t:試料厚さ、P:結晶相、σtot:全段面積
σ_tot (λ)=σ_coh^ela (λ)+σ_incoh^ela (λ)+σ_coh^inela (λ)+σ_incoh^inela (λ)+σ_abs (λ) (4)
図1には、α-Feの全段面積を示した。図2には、多結晶におけるブラッグエッジの形成過程を示した。波長4.1Aで、ブラッグの条件の満たす110回折が生じている。
ブラッグエッジには、マクロ歪、ミクロ歪、結晶構造・結晶相変化、集合組織に関する情報が含まれている。解析コードRITS[1]を用いることによってこれらの情報を得ることが可能である。
(2) Bragg-edge法を用いたFe板材の格子歪分布測定
従来から材料内部の格子歪みや集合組織を測定するために、中性子回折法が用いられてきた。原子炉を用いて波長一定の中性子線(白色中性子)を利用する角度分散型、加速器を用いて様々な波長の中性子線(パルス中性子)を利用するエネルギー分散型がある。国内外問わず、これらの手法によって構造材料や機能材料の格子歪みや集合組織の測定が多数報告されている。中性子線の特徴は透過性に優れているため表面から内部に至るまでの試料全体の平均を捕える事が可能である。X線回折もまた歪み測定に頻繁に利用されているが、試料の表面(深さ数十ミクロン)で散乱されるため、内部の情報を正確に得ることができない。透過性に優れる中性子線を利用した手法は、非破壊検査に適していると言える。非破壊検査として、従来から中性子ラジオグラフィー(中性子透過法)による内部の像観察やエンジン内部の潤滑油の動きを動画として観察する等が行われてきた。近年、原子炉を利用した中性子ラジオグラフィーとは異なるパルス中性子透過法によるBragg-edge transmission法が用いられつつある[1-3]が、海外国内共に研究報告例が少なく、測定・解析技術の確立が望まれている。パルス中性子の特徴は、様々な波長を一度に測定することができるため、エネルギー依存によるスペクトルを観察することができる。Bragg-edgeは、材料内の原子の並び(結晶構造)に起因している。エッジの位置は、ブラッグの式2dsinθ=λ(透過スペクトルなので散乱角2θ=180°)から面間隔dに由来する。 構造材料の性能劣化機構を理解するためには、引張応力や収縮応力が生じた状態のまま非破壊で測定することが必須であり、格子歪みや組織の変化を捕える事が重要である。Bragg-edge transmission法とIn-situ測定(その場観察)によって、格子歪みの位置依存性を明確にし、材料内のどの位置から劣化が生じて、どのようにそれらの劣化が伝播していくのかを理解することを目的とする。
実験方法
中性子透過実験は茨城県東海村原子力機構内のJ-PARC・物質生命科学実験施設(MLF)内のBL19「匠」[4]で実施した。Figs. 1, 2に実験時の試料および状況を示した。最大荷重50kNの引張試験機を用いて、切り欠きの生じたα-Fe板(純度99.99、200×100×5mm)の測定を行った。透過スペクトルを測定するためのLiグラス型位置敏感型検出器(2D PSD、256 pixels、測定領域50×50mm)[5]は試料から後方9cmの位置に配置した。
結果および考察
Fig. 3には荷重-伸び曲線を示した。Fig. 1内のa,b,c各位置での曲線である。切り欠き部に近づくにつれて、荷重に対する伸びが著しく増加していることが分かる。切り欠き部によって、試料内部が不均一に変形していることが分かる。
Fig. 4はα-Fe試験片の透過スペクトル(Bragg-edge spectrum)である。110、200、211、220反射に由来するBragg-edgeが明瞭に観察された。各edgeの位置は、面間隔dに由来しているため(2dsinθ=λ、2θ=180°)、edgeの位置の変化(ε=(d-d0)/d: ε格子歪、d0 引張試験前の面間隔値)から格子歪を求めることが可能である。Fig. 5には引張荷重増加に伴う材料内部の格子歪分布を示した。30kNを越えると切り欠き付近の格子歪が著しく増加し、試験片の中央部に向かって広がっていくのが明瞭である。
まとめ
中性子透過法を用いて引張試験中の試験内部の格子歪分布を明瞭に捉えることができた。この様な分布を可視化する際、回折法では複数回の測定が必要であった。透過法では1回の測定で格子歪分布を明瞭することが可能であるため、例えば溶接材内部の溶接部・HAZ・母材の相境界の可視化が可能となる。